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南出健一の経営放談7
『M & A ブームに待った! 人の心は買えない』

(2005年6月号)

Q.
 放送局への敵対的 M & A (企業の合併・買収)が話題になっていますが、零細企業の世界でも絵空ごとではなくなってきたようです。
 私は精密樹脂成形加工の町工場を始め、あっという間に 40 年か過ぎました。 何を取り間違えたのか半年ほど前から取引銀行を通して当社を買い取りたいという企業が名乗りを上げています。
 特定の親会社に依存じていないだけで何の取柄もない裏長屋のエ場ですので、今もって狐に抓まれたような感じです。 思い当たるとすれば、 100 件ほどある金型や工法の実用新案に関心が持たれたようです。
 私自身のことをいえば今更事業を大きくしようという欲もないし、息子がいてもまるで跡継きの意思はありません。 余生を女房とのんびり過ごせればいいと考えています。 この際、いくらの値段が付くのか見当も着きませんが最低条件として 50 人いる従業員が今の環境の中で仕事ができるというのであれば、思い切って銀行に今回の M & A 案件を折衝させて見ようと思っています。

A.
 M & A の対象になるぐらい「価値ある事業」をしたいと願う経営者は暇を問わないほどいるはずです。 遮二無二働いた創業時代から少し先が見える発展初期になると、だれしも「売れる企業にしたいものだ」と「見果てぬ夢」を貧るようになるものです。 あなたのすごいところは、そんなことを意識もせずに気が付いたら 100 件もの特許を手にしていたことでしょう。 それも超精密の樹脂成形ともなれば、いま盛りの「 IT (情報技術)家電化時代」に欠かせない機能部品です。
 大半の中小製造業は親企業の下で忍耐強く地味にコツコツとモノ作り技術を積み重ねてきた長い歴史を持っています。 自社に蓄えられたはずの「価値ある売りもの」を、ただひたすら「大企業発展」のために提供するだけでした。 その根っこにはこの国が賠ってきた「出る杭は打たれる職人文化」が災いしているのではと考えられます。
 出しゃばらないこと、つまり自己抑制こそ美徳という価値観ゆえに自らを売り込む術を認めない不文律が存在するように思えてなりません。 ですから、第三者によって掘り起こされてはじめて自社の企業価値に気が付くのではないでしょうか。 しかも脳味噌の少ない「目利きゼロ」の金融機関が特ち込んできた話となればなおさら驚きです。

若き野心家が独立

 さて、そこで若き野心家の M & A に絡む「願末記」をお話せねばなりますまい。 M 氏は IT バブルの最中、 8 年勤めていた電機メーカーの同僚 2 人を引きずり込み、ペンチャー企業 J 社を起こしました。彼は在職中から休暇をフルに使って創業資金を稼いだり外の人脈作りに精を出していたようです。
 当然のように会社での評判はよかろうはずもなく、自分の都合ばかりを主張する身勝手な言動に周囲は相当迷惑を被っていました。
 上司から激しく叱責されても 「平気の平左」。 おまけに相手構わず食って掛かる居直りにホトホト手を焼いていた矢先の「退職届」に多くの人々は大歓迎したとか。
 M 氏は早速、超薄膜技術の「ビジネスプラン」を小脇に抱え、持ち前の恥も外聞もない厚顔でべンチャーキャピタルに押しかけます。 海千山千のキヤピタリストも度肝を抜かれ彼の説明に耳を傾けました。 まず、 IT 系企業が名乗り出たのに続いて証券系 3 社も右に倣えとばかり 20 億円もの出資を決めます。
 ファブレス会社 J 社は瞬く間に大企業から引き抜いた 30 人の技術屋集団で固め、傍目にも活況を呈しているかのように映ったのです。 それを見たメディアは一斉に M 氏の特集を組み「べンチャーの雄」として持ち上げるだけ持ち上げました。
 しかし、彼は超薄膜技術の特許があっても生産設備を持たなければ、いずれ行き詰まると深読みしていました。 手元資金が潤沢なうちに次の一手とばかり、優れた加工技術を持つ企業の M & A を画策することになります。

老舗エ場を貿収するも、「頭脳」流出

 そして 1 年後、京浜工業地帯では名だたる老舗の町工場を言い値の 10 億円で手に入れますが、生き字引の工場長は買収された翌日から出社しなくなりました。
 残った従業貝はといえば平均年齢 55 歳、勤続 20 年の「箸にも棒にも掛からないおやじ」ばかりです。 いよいよ「世の中すべて金」の M 氏と「斜に構えている」職人群との異次元戦争の幕が切って落とされます。
 とりあえず J 社から「工場長もどき」の技術屋を派遣しました。 が、職人たちに仕事を指示しても無視されるは、未納が出ても残業拒否するはで、当人はたちまちノイローゼです。
 M 氏らが善後策を検討中でも櫛の歯が抜け落ちるように職人たちは次々立ち去ってしまったのです。 ついに彼の描いていた世界とは似ても似つかない「大悲劇」で終演を迎えることになります。 M 氏に対する風当りは日に日に強まり出資グループから因果を含められたのでしょうか、ほどなく J 社から去って行きました。
 理屈と金のつじつまさえ合えば可でも解決するとお考えの諸君、ひとたび「人間」が覆い被さって来ると、だれも予測できない展開になることをとくとこ承知置きください。 そこには人間の魂に触れ合う「陰陽師」の仕事が欠かせないからです。
 ところであなたは本気で銀行の話に乗るお積もりですか。「退かれ者の小唄」と思われては心外ですが、債権債務のバランスが取れ、会社を売れば十数億円のお金が懐に転がり込んでもあなたの「後ろ髪を引かれる」思いは断ち切れないでしょう。 であるならもう一度、跡継ぎを探してください。

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