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中小企業応援隊・失敗を乗り越えて 第3回
『下請けが反発し、「対等な関係」を要求』
(2004年8月号)
役所から来るメールは相変わらず古色蒼然とした紋きり型の「お達し状」そのものです。こんな無味乾燥で一方的な内容にだれがその気になって目を通すでしょうか。もっとも「文書文化」に浸りきっている役人からすれば中身より「文言が整っている」ほうが大切なのかもしれません。大企業と中小企業との関係もこれに勝るとも劣らない一方的な「お役所型」通達にはがっかりします。
大手自動車専門部品メーカーから来た品質情報ネットワーク運用開始の通達メールにはさすがS社の温厚なT社長もムッときました。
2回ほど「取引先説明会」があったとはいえ、何もかも「お仕着せ」のシステム構成で手前勝手なものでした。T氏は説明会の席上、「取引先にも開発費を負担させるなら各社で使えるものにしてほしい」と要望を出しましたが、通達メールには「変更」の文字はなかったのです。
T氏はここ1社で売り上げの40%も依存しているため、何事も波風を立てないよう常日頃心掛けてきたし、社員にもその旨を徹底してきました。もっとも親企業とは十数年前まで「持ちつ持たれつ」の間柄であり苦しい資金繰りを助けてもらったりしたこともありました。律義な創業者はその恩顧に報いるためにも「後足で砂をかけるようなことだけは絶対にするな!」と言い残したほどです。
その親企業も経営者が「若返り交代」するたびに点数稼ぎではと思いたくもなる経営方針を掲げ取引先を翻弄し続けました。それと期を一にするようにS社をはじめ「譜代大名」といわれた協力企業への風当たりは日増しに強くなりました。T氏とて親企業の際限なく続く「原価低減活動」という名の値下げ要求にも、有無をも言わせぬ「EDI(電子データ交換)化」にも精一杯協力してきただけに「なぜ我々だけが…」という苛立ちが募る一方でした。
正直なところ彼は最近、先代から延々と続けてきた取引関係に嫌気が差してきたことは事実です。確かに「下請け稼業」であれば一定の仕事量は確保され目先は安定しているとはいえ、親企業から「箸の上げ下げ」まで干渉されることには耐え難いものがありました。
例えば、購買部門の担当者から慇懃(いんぎん)無礼に「社長車はいつ乗り換えましたか」のチェックを受けるに至っては「いい加減にしろ!」と怒鳴りたくもなります。T氏は世の中、いかように変わろうとも「泣く子と地頭(じとう)には勝てぬ」ものと半ば諦めに近い境地にもありました。
一方的な「通達」に我慢できず
しかし、今回の「品質情報システム」の一方的な運用開始「通達」にはどうにも我慢ならなかったのです。なぜ、取引先でも使える標準システムにしないのか、誰の目から見てもグループ内の「ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)」になるのではないかというのが衆目の一致するところでした。
T氏は10人の若手社長に呼びかけ、今回の「一方通行システム」には毅然(きぜん)とした態度で受け入れを拒否しようと提案したのです。各社とも総論では賛成でしたが、一体だれが「猫の首に鈴をつけるのか」で小田原評定のあげくT氏の「張本人である私が代表になろう」との一言で一件落着をみることになります。
T氏は10社の代表者が署名した「お願書」を懐に親会社の本社を訪れました。購買本部の常務執行役員は先刻承知とばかり「何の謀議をしていたの?」と見透かすような眼差しで彼の顔を見やりました。そして「お願書」には目もくれようともしなかったといいます。
大企業や役所の世界では担当部門を飛び越し直接上司に「もの申す」ことを「フライング」といいます。彼らが最も忌み嫌う「越権行為」ということになるのです。ですから、いまだに訴えた側との力関係によっては組織秩序を乱す者として手厳しい「制裁」を加えてくるところもあるやに聞いています。
案の定、工場の品質管理部門から直々の呼び出しにT氏は「来るものが来た」と腹を据えたようです。部門長は今にも食らいつきそうな形相で「なぜ、今ごろになって常務に直訴したのか!」と怒鳴り散らしました。彼は「情報とは対等な双方向性があってこそ価値がある」ことを切々と説きます。話に耳を傾けようとしない部門長に「お聞き届けいただけないのであれば…」と開き直ったのです。
その後、「お願書」に名を連ねた面々を慰撫するような親企業の「懇親会」に招かれ常務から「ご主旨のほどは善処します」と神妙なあいさつがあったようです。
日頃、T氏たちは親企業の身勝手な購買政策には腹に据えかねていました。特に業績が悪化すると、見せかけだけのリストラでお茶を濁し、「ツケの大半を下請けにしわ寄せしてくる」ことでした。
まだ遠い「対等な取引関係」
今回の一件にしても、彼らが求めている「対等な取引関係」がどこまで通じたか、甚だ疑問です。それでも渋々ながら取引先の意向を踏まえた「双方向情報システム」を認めたことは変化への兆しになるかもしれません。
とはいえ、「運命共同体」とか「共生」とか心地よい字面を並べても依然、大手企業と中小企業の関係は上意下達の世界です。IT(情報技術)経営が叫ばれている21世紀になっても、形こそ違え封建時代の領主と百姓の関係そのものから抜け出せないでいるのが現実の姿です。
一時期、系列崩壊により対等な事業環境が構築され、中小企業やベンチャー企業の躍進が期待されたこともありました。しかし、大手企業がやおら「復権」した途端、「喉もと過ぎれば熱さを忘れ」中小企業との共生どころか「御身大切だけの産業秩序」になってしまったようです。
これからも大企業は目先の「リストラ」とか「グローバル化」を盾に中小企業との「真の連携」を断ち切り続ければ、やがてとんでもないツケを背負うことになるでしょう。知人いわく「2度とあの会社の下請けにはならない!」。