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中小企業応援隊・失敗を乗り越えて 第2回
『ブームに乗ってIT投資システムは塩漬けに』
(2004年7月号)
このところ景気の先行きに明るさが見えてきたのか、元気を取り戻し始めた中小企業の設備投資が増えてきました。また、IT(情報技術)投資で失敗経験のある経営者も「IT再投資」を真剣に検討しはじめています。
抜群の収益を上げ続けてきたG社も2年前にIT投資をしましたが、売り上げの処理に使っているだけで大半のシステムは「塩漬け状態」になっていました。
特殊切削工具メーカーのG社は業界では老舗で、1000社に及ぶ顧客からの注文をこなす典型的な「一品もの工場」です。リピートがあっても6カ月に1回程度でしたから見込み生産できるものは10%にも満たないものでした。
元来、特殊工具の生産は「暗黙知」の塊のようなものであり、G社でも平均年齢55歳の職人30人が技を競う世界です。こんな業界ですから競合相手とはいっても20社そこそこの「無風業種」であり、同業者間で互いに仕事の都合を付け合うほどの「談合仲間」でもあったのです。
社長のF氏も創業者の「家付き娘」の入り婿になったおかげで、いつの間にか職人連中から「社長、社長」と呼ばれ20年も経ちました。当のF氏は呑気なもので定款上いつ社長になったのか最近まで知らなかったのです。もっとも「社長実印」は女房がガッチリ握っており、銀行をはじめ契約などには一切関知しませんでした。
彼は何よりも隠然たる存在の「舅」や「その娘」から自分の「技」を褒められることが無上の喜びでした。それと「もの作り」に異常な執念を燃やす根っからの職人堅気でしたから、会社経営のわずらわしさより「工場」に潜り込んでいるほうが性に合っていたのかもしれません。
G社の年商はここ10年ほとんど横ばいの5億円程度でしたが、90%近くが付加価値であり1人当たりの営業利益は1500万円(通期)を下回ることはありませんでした。ですから毎年、会社持ちの大名旅行は隣近所から羨望の眼で見られていたのです。客先からも「もうかり過ぎだ。次のオーダーから半値に!」と脅かされることもありましたが、F氏は「ハイ、次からの注文はご辞退します」と平気で言い放つに至っては女房もハラハラのし通しだったといいます。
おまけに専門商社経由で欧米から注文が来るようになって、F氏は一層強気になり客に面と向かい「当社の技は世界中から認められている。値下げしてまでお宅の仕事をいただなくても結構です」と啖呵(たんか)を切ることしばしば。電卓片手の女房もさすがに「お父さん、お客様にそんな邪険なこと言ってはダメです!」と厳に戒めても、さして気にする様子も見受けられなかったのです。
稼働したものの、とても使えず
そんなF氏でも同業者がウェブサイトを立ち上げたり、客先とのネットワーク構築に取り組むのを横目に見て「お母さん、ウチでもシステムをやろうか」と「やり手」の彼女に誘いをかけました。経理・給与ソフトを使いこなしていただけに、さして負担に感じなかったと見え即断で同業者と同じ一品生産向けの生産情報パッケージソフトの導入を決めたのです。
当のF氏は女房を誘っておきながら自ら手を下さず、ベンダーのシステム・エンジニア(SE)が要件定義の打ち合せに来てもあいさつ程度でさっさと現場に戻ってしまいます。全権委任された女房とて物心ついた頃からG社を遊び場にしていたとはいえ、現場の動きや客先の委細まで承知していたわけではありません。SEの言うがままにカスタマイズすることにして「一式2000万円」で契約しました。
3カ月後、試験稼動に立ち会ったF氏は合点が行かないことばかり。「お母さん、これじぁ使えないよ」と彼女に文句を言った途端に、「何言っているのよ!私に任せきりにして」と人目もはばからず「夫婦げんか」をはじめる始末です。そのうち、逆上した女房は矛先を若いSEに向け「責任取りなさいよ」と目尻をつり上げました。
辛うじて受注売り上げだけは動き始めました。が、F氏が肝心の生産系に触れようものなら「烈火の如く怒り狂う」女房にすっかり怖じ気づき、「触らぬ神にたたりなし」とばかり2000万円は「勉強代」にと腹をくくってしまいました。
それから1年、気の強い「家付き女房」も内心じくじたるものがあったのでしょう。休日出勤しては「どうして使い物にならないのかしら?」と独り言をいいながらシステムをいじり回しては考え込んでしまう日々が続いたのです。
「入り婿」F氏も「家付き女房」の憔悴(しょうすい)し切った様子に、ただごとではないと察したのか恐る恐るキーボードに触り始めました。そして、「入り婿の地位」を保持するためにも「夫唱婦随」でまとめ上げねばと心密かに誓ったのです。
町工場にとってのIT経営とは?
さて、G社のような「町工場」にとって「IT経営」とはどのような「代物」なのでしょうか。おそらく、F氏は「なぜITでなければならないのか」、皆目見当すら付いていないはずです。それでも他人の動向が気になってしょうがないから女房まかせで大枚「2000万円」も投じてしまったのです。
しかし、「知らぬ半兵衛」を極め込んだF氏も最近「夫婦仲」にひびが入り始めたことに気づいたようです。このままでは「最悪の事態」を引き起こすと、「岡目八目」でキーボードと格闘をする羽目になりました。もっとも彼は何事にも「一点集中」する職人気質、すべてを投げ打って「ITバカ」になれば、「瓢箪から駒」の可能性だって「なきにしもあらず」です。
時々、何事も「計算ずく」でなければビジネスは成り立たないとのたまわる評論家先生にお目にかかることがあります。商売を経験してきた立場からいえば、いかほどの目論見を立てようとも、現実はそれほど甘いものではありません。つまり、昔から人間の「計算ずく」では成り立たない「自然の摂理」があるのです。だからといって、苦境に立つ経営者に「いい加減に諦めろ」と申し上げるつもりなぞ毛頭ございません。