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中小企業応援隊・失敗の学舎 第4回
『社長主導で進めないとIT投資は無用の長物に』
(2003年9月号)
「我が社は、設備とモノ作りは自慢できますが、情報システムとなると中身は空っぽなんですよ…」
工場を案内してくれた幹部が自嘲気味に話してくれた一言を理解するのに、時間はかかりませんでした。3年前、1億円のIT(情報技術)投資をしたにもかかわらず、社内にはその痕跡すら見当らないとは一体どういうことでしょうか。
ITコーディネーターの依頼で同行訪問したH社社長のY氏は開口一番、取り付く島もない勢いで自分の生い立ちから会社設立の経緯までを喋りまくったのです。挙句の果てに出たのがこれです。
「コンピュータなんかに金かけても一銭の得にもならないと口を酸っぱく言ったのに案の定、この体たらくです」
何とも恐れ入ったセリフを耳にすることになった次第です。
プレス金型の職人から身を起こしたY氏は裸一貫から年商50億円のスポーツ用品製造のH社を立ち上げて40年。幾度か破綻の淵に追い込まれながらも、「おれには神仏がついている」と信じながら今日まで頑張ってきたといいます。
とはいえ、職人特有の「自分が納得したもの以外は手を出さない」という堅実さがH社の礎を築いたことは確かです。ですから、Y氏の自慢の種はH社が無借金経営であり、手元資金を使い最新の設備投資を怠らず、常に得意先(メーカー)の一歩先をいっているという話です。得意先は、モデルチェンジの試作から量産までH社に頼らざるを得なかったようです。
ただ、Y氏の鼻息の荒さと横柄さには得意先の担当者もいささか辟易としていました。そんな強気のH社にも「弁慶の泣き所」がありました。ある時、得意先の海外担当専務との宴席でY氏は思わぬことを聞かされたのです。
「君のところは確かに設備も技術も立派だけど、当社のフイリピン工場のほうが総合力では優れている。いつまでも独り勝ちだと思うな!」
合点がいかずともIT投資認める
我が道をいくY氏とて薄々気づいてはいましたが、まさか面と向かって叱責されようとは思いも寄らぬことでした。冷水を浴びせられたY氏は早速、幹部会議の席上「当社は総合力に欠けているのか」と問うたそうです。
番頭のS常務が堰を切ったようにこうまくしたてました。
「だって、そうでしょう。20年も前から情報化しないと時代に遅れると言って来たじゃないですか。今時、ネットワークもない企業なんてありませんよ!」
Y氏も頭に血が上ったと見え「お前、誰にものを言っているんだ!」と、あわや掴みかからんばかりの勢いで怒鳴りまくったのです。いまだかつてここまでやり合うことはなかっただけに、会議は白けた雰囲気になってしまいました。
「情報システムを導入しないと、総合力を高めることはできないのか」。Y氏には何とも合点がいきませんでしたが、S常務の抗議にも似た激しい指摘に気後れしてか「いいか、使い物にならなかったらお前たちの給料から天引きするぞ。その覚悟があるのならIT投資を認めてやろう」と宣言してしまったのです。
S常務はY社長にたんかを切ったせいでしょうか、ITシステムの責任者に任命されてしまいました。今までも経理・給与パッケージは使ってはいましたが、基幹業務は手付かずでしたから、なまじ口出しするよりシステムベンダーにすべてをお任せしたほうがよかろうと考えたのです。常務がベンダーの指示でシステム化の要望をまとめ出したころ、ご多分に漏れず各部署からあれもこれもの要求がひっきりなしに出てきたのです。結局、人のいい常務は本社と地方工場、得意先までつないだ膨大なネットワークシステム「H社生産情報システム化計画」をベンダーに提出しました。
やがて、大した打ち合わせもなしに膨らみに膨れた1億円の「お任せのシステム」は完成したのです。常務たちはベンダーから通り一遍のシステム概要と運用の講習会を受けましたが、システムと運用の複雑さに今更ながら困惑してしまいました。とはいえ、Y氏には強烈に釘を刺されている手前、簡単に白旗を掲げる訳にもいかず眠れない日々が続くことになるのです。
運用開始が遅れ、常務は出社拒否
S常務がシステム運用に取り組んで1年、部分的な稼動に痺れを切らせたY氏は「お前、本当に全部動かせるのかい?」とチクチクいたぶり始めたのです。それでなくても引け目を感じ始めていたS常務はいたたまれなくなったのでしょうか、その翌日から「出社拒否」してしまいました。
さて、H社はY氏の「職人的な勘」と「一生懸命働くこと」でここまで発展してきました。しかし、当の本人は持ち前の「勘」がすでに通用しなくなってきたことをどこまで認識していたのでしょうか。独断と偏見で申し上げるならば、H社にY氏が君臨している限り情報システムは「無用の長物」だったようです。
いまや、経営者の必須条件は「ITを経営の道具として使える」ことです。もし、使いたいとお考えの経営者は、直ちに勉強して少しでも自社のIT化にくちばしを突っ込んでください。それが結果的に社員を啓蒙することになり全社を見直すキッカケになるのです。何もH社のような大金を出せとは申しません。わずかな資金で「小さく生み出すこと」が大切です。
必ず、その過程で「こんなバカな仕事のやり方をやっていたのか」と、手に取るように問題点が見えてきます。中小企業における情報システムの構築は大上段に振りかぶってもダメです。何事も地道なやり方から出発し「うまみ」を経営者自身が身を持って体得することです。数少ない成功体験者は不況の最中にあろうともシステムを進化させるために投資を続けていることをお知らせしておきます。
なお、一言付け加えるならば「情報システムの構築は経営者の仕事ではない」とお考えの人は、決して社員に煽(あお)られての投資だけはおやめになられたほうがよろしかろうと思います。