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中小企業応援隊・失敗の学舎 第2回
『人材育成怠ったツケ、IT導入に2度もつまずく』

(2003年7月号)

 大手企業のリストラが加速するにつれ人材の流動化が顕著になってきました。先日もアウトプレースメント(再就職支援)会社から、「大企業出身者」の紹介がありました。その触れ込みとは、「経営者の皆様、あなたにとって優秀なブレーンを確保するまたとないチャンスですよ…」。
 こちらの弱みを見越したようなフレーズが綿々と書き綴られるに及んでは、ついその気になってしまうのも人情というものです。しかし、いざ、その人たちを採用してみると往々にして、「帯に短したすきに長し」という局面に出くわすのです。
 異口同音に「あれもないこれもない」とのたまわれては、こちらも「いい加減にしろ」と言いたくもなります。「ないないずくし」でも臨機応変に対処するのが、中小企業で働くということなのです。
 さて、その中小企業経営者が自ら指揮したIT(情報技術)導入の失敗を「ブレーン不足」と決め込み、大手IT企業にいた息子を呼び寄せて再構築を委ねた結果、またもや同じ憂き目にあったいうケースを報告しましょう。
 S社は医療機器の電子部品メーカーとして、この閉塞状況にありながら年商約50億円、5期連続して経常利益10%前後を維持する優良企業でした。
 ご存じのように医療機器は一品生産の典型であり生産性が極めて低く、作り込みに相当の創意工夫をしないと、立ち所に採算割れを引き起こす難しさがあります。技術畑出身のE社長は創業以来、医療機器一筋に「モノの作り込み」ばかりか、「日常のマネジメント」についても自ら陣頭に立って指揮してきたのです。
 オーナー経営者E氏の強烈な思い入れは、時として「俺がここまでやらなかったら、うちの会社は存在しなかった」と公言して憚らないことでした。
 S社の幹部社員は常々、彼のずば抜けた技術力とリーダーシップには畏敬の念を持っていました。ただ、彼らには何事につけ間違いを犯さない最良の手立ては、「社長の指示に従うことだ」という習性が身に付いていたのです。

大幅な稼働遅れ、至る所に機能洩れ

 10年前、E氏は海外取引をキッカケにCAD(コンピュータによる設計)と直結した生産情報システムの開発に着手すべく技術部門を中心にしたプロジェクトチームを編成しました。
 ところが、彼が長期の海外出張になると開発は一時中断することが当り前になっていたのです。こんな状態でしたから1年で稼働するはずのシステムが、完成するまでに2年も費やしてしまいました。
 そればかりか度重なる開発の中断がツギハギな設計仕様になり、至る所に機能洩れが見つかったのです。
 「俺がいなくても、この程度のことをチェックできなくてどうする」
 E氏は居並ぶ幹部を怒鳴り散らしてはみたものの、元はといえば身から出た錆、何ともバツの悪い失敗に終わってしまったのです。儲かっているとはいえ、2億円を下らない投資額だったので、いくつかのサブシステムだけをだましだまし使う有り様でした。
 その後もS社の業績は増収増益傾向で推移し、数年前には借入金すべてを完済し名実ともに「最も健全な無借金経営」になったのです。ですから、E氏にとって当時、「IT導入こそが中小企業の生き残り策」と騒がれていることがよく理解できませんでした。「IT導入に失敗したって、業績は他社を凌駕しているのだから俺のやり方でいい」というのが本音でした。
 しかし、世の中の動きはE氏のやり方では通用しなくなってきました。国内外の取引先から早急に受発注ネットワークの構築を要求されるに及んで彼も嫌々重い腰を上げざるを得なくなってきます。
 E氏の常套句は「うちの幹部は三流以下だ」が口癖で、自ら指揮したIT化投資の失敗さえ、何時の間にか人材不足が原因と頭から決め込んでいました。
 間もなく、E氏は大手IT企業のSE部門にいた息子をIT再構築の責任者として入社させたのです。30歳の理想に燃える息子は、システム開発の着手に合わせてS社の幹部とヒヤリングを重ねましたが、「暖簾に腕押し」状態には腹が立つのを通り越し呆れかえるばかりでした。
 「おやじ! どうして幹部を教育してこなかったの?」。息子にこう噛みつかれたE氏は「大企業とは違うんだよ。中小企業で理想ばかり言っても始まるか。人を当てにしないで自分でやれ」と開き直っての押し問答が続きました。
 どうにか外部のシステムベンダーの手を借りながら1年後に一応の完成を見ました。うわべは「S社のあるべき姿」を思い描いたシステムになっていたようですが、現場の人々にとっては前のシステムよりもさらに使い勝手が悪く、とても実用的とは言えない代物でした。
 成功した経営者ほど偏執的な性向があり、何事も自分の意思を反映させようとする癖があります。そのこだわりが中小企業の強みでもあり事業発展の礎でもあったのですが、事と次第によっては両刃の剣にもなってしまうのです。
 E氏はその典型であり、日常業務まで自分で仕切らないと気が済まない習性が災いしたといえます。最初の失敗で自分の手に負えないと考え、「IT専門家」であり「理想に燃える息子」まで巻き込み失敗を積み重ねました。親子が2回にわたって失敗した共通点は、社員の存在を無視したことです。

信頼に足る人材を育成せよ

 経営者のリーダーシップとは、「自分の優秀さ」とは別に現実の当事者能力を直視しながら辛抱強く「目をつぶるところはつぶる器量」だともいえます。身内、他人を問わず「人を信頼する」ということは並大抵なことではありません。
 されど、いつの日か必ず誰かを信頼しなければならない時が来るものです。
 私自身、「天につばする」思いで申し上げるならば、経営者としての最大の責務は「我にもの申せる人を育てろ」ということかもしれませんね。

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