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失敗事例にズバリ回答・IT経営相談室
『自動車産業にも暗雲中国シフトへの対応策は』
(2002年5月号)
質問
私は中堅自動車部品メーカーで生産管理部門を担当する執行役員です。
自動車部品業界は今、生き残りをかけて必死の努力をしています。自動車メーカーからの強烈な値下げ要求に応じるため、当社も3年前に地方工場を中国に移しました。今年に入ってわずかながら、利益が出るようになりました。
ところが最近、自動車メーカーから来期以降の調達方針が示され、再び3年間で15%の価格引き下げを要求されました。何とか一息つけそうな状況になった途端、さらに厳しい条件を突きつけられたのです。同業他社からは「もう、日本で部品を作れなくなる」というあきらめにも似た声を耳にします。
私たちは、どんなに過酷な条件でも受け入れざるを得ないのです。残された道は「経営そのものを革新する」ことです。その手立てとしては、情報システムを再構築して、業務のあり方を変えていく以外にないと考えております。
当社は20年前に大型コンピュータで構築した基幹システムを、ツギハギしながら動かしています。バッチ処理そのものですが、自動車メーカーからの受注処理や取引先への発注管理では、不都合はありませんでした。当社ばかりか、同業他社でも相当古いシステムがごく当たり前に使われているようです。
しかし、このままでは当社の再生はかないません。私が中心になり、「経営変革を目指す情報システム」の構築を検討中です。アドバイスをお願いします。
回答
「世界に冠たるモノづくり大国」は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。日本の製造業はかつての輝きを失い、逃げ場のないところまで追い込まれています。労務費の安さばかりか、品質や生産技術の面でも長足の進歩を遂げた中国への工場移転は、今や止めようがありません。
その波がいよいよ、日本の基幹産業である自動車産業に波及してきたのです。自動車部品メーカーが大挙して中国進出に動き出していることや、欧米部品メーカーの傘下に組み込まれていくのを目の当たりにすると、この国の産業構造が危機的状況にあることを思い知らされます。今後も、この流れに一層の拍車が掛かるでしょう。
自動車産業の古ぼけた情報システム
貴社では生き残りの手立てとして、情報システムの活用を考えているそうですね。総論としては確かにあなたの言われる通りですが、経営革新の具体的な目標について触れていないのは、「どこから手を着ければいいのか見当すらつかない」からではありませんか。
自動車部品メーカーはもちろん、親企業である自動車メーカーのなかには、30年前に構築して以来、幾度となくツギハギして、今や仕様すら判然としないお化けのようなシステムを使っているところが少なくないのです。手の着けようがないのは当然かもしれません。
なぜ、何世代も前の情報システムの呪縛から解き放たれないのでしょうか。
日本の自動車産業は、「生産技術」と「現場改善活動」の積み重ねによって「日本式生産システム」を生み出し、世界第2位の自動車大国に発展してきました。
1980年代、構造不況に苦しむ米国の製造業から、多くの経営者や学者が調査団として来日しました。再生をかけて日本式生産システムを学びに来たのです。
自動車産業に携わる者にとって、このときほど誇らしい気分に浸ったことはありませんでした。米国を追い越したという優越感は、有力財界人をして「もはや米国から学ぶものは何もない」とまで言わしめたのです。
今にして思えば、すでに米国では「情報システムや通信ネットワークによる産業革命」という大きな流れが醸成されつつあったのです。
一方、日本の自動車メーカーや部品メーカーは、情報システムに対して「計算や記録業務を間違いなく処理してくれれば十分」という程度の認識しか持っていませんでした。
成功体験が逆に足かせに
日本の製造業にとって、現場で現物を目で確認しながら業務を改善するという成功体験は、何ものにも替え難いものでした。情報システムに対して、別の可能性を追い求める必要もなかったのでしょう。
私たちは世界に類を見ない成功体験を持ったがゆえに、その後に待ち受けている大きな落し穴への備えを忘れ、挙句の果てに思考までも止めてしまったのです。
やがて、多くの自動車メーカーがバブル崩壊の洗礼を受けました。その後の「失われた10年」を経てようやく、肥大化した系列構造や硬直した従来型の商取引が足かせになっていることを知ったのです。「改善・改良主義では企業変革はできない」ということに気づくことになります。
あなたの質問からも、「このままではダメになる」という焦りが強く感じ取れます。その焦りを、変革への行動に直結させてください。
ことは急を要します。自分自身の生き残りをかけた自動車メーカーは、部品メーカーに容赦ない値引き要求を続けてくるでしょう。量産部品の調達は、中国をはじめとする海外に移行し、国内に残るのは変化の激しい小ロット部品が中心になるはずです。これに即応できる情報システムや通信ネットワークを構築しなければなりません。
情報システムの再構築においては、何よりもまず「管理工数を削減すること」を再優先してください。生産品目と生産量が大きく変化する変種変量生産により、情報量はもちろん、管理工数や物流費が増大します。これを最小限にとどめるには、製造現場において「現在の仕事」と「次の仕事」をリアルタイムで把握できる情報システムが不可欠になります。現場で発生する様々な不具合に即応できる仕組みも必要です。
系列時代の思考回路を捨てよ
次いで、社外との連携システムとして、中国を含めた海外工場や取引先との情報共有の仕組みを構築すべきです。
部品メーカーは依然として、自動車メーカーによる情報の一方通行に甘んじています。貴社から取引先への情報の流れができてこそ、管理工数の大幅な削減を実現できるのです。
とにかく、「系列」という縦構造で生きてきた時代の思考回路は、かなぐり捨ててください。そして、貴社の「あるべき姿」をIT(情報技術)という武器を使いながら描いてください。
あなたたちが、その先駆けとして行動を起こせば、日本の製造業は姿形を変えながら再生に向けての槌音を響かせ始めるでしょう。