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失敗事例にズバリ回答・IT経営相談室
『顧客の都合に振り回され赤字案件に悩むSE』

(2002年1月号)

質問
 大手情報システム会社に勤務する中堅SEです。今までの記事は利用者側からの質問でしたが、常日頃、利用者と接して苦労しているシステム開発者の相談にも乗っていただけませんか。
 私は2年ほど前から、流通業G社のサプライチェーン・マネジメント(SCM)のプロジェクトで、リーダーを担当しております。流通業界の淘汰のなかで、中堅スーパーマーケットのG社でも店舗閉鎖や人員整理のリストラの嵐が吹き荒れています。情報システム部でも責任者をはじめ、部員の退社や異動が相次ぎ、開発作業を中断することがたび重なりました。
 結果的にシステムの立ち上げが6カ月近くも遅れ、プロジェクトは大幅な赤字になっています。そのため、先日も上司から「至急、対策を講じろ!」と強く叱責されてしまいました。今のG社の実情では価格変更に応じる余地はないと思いますが、開発責任者としては、せめて収支をトントンまで持っていかなければなりません。
 ところが、交渉相手がシステム開発について何の経験もない新任の企画部門出身者ときていますから、こちらも疲れ果てています。
 SCMというシステムはトップがしっかりした経営哲学を持ち、その意を汲み取れる優秀なスタッフがいて初めて動かせるはずです。このままでは、G社では宝の持ち腐れになるのではないかと心配です。

回答
 情報システムを開発するあなた方が、顧客企業のわがままで気まぐれな要求に振り回され、日夜ご苦労されていることは十分承知しています。自社の体たらくを棚に上げ、思いつきの要求を出してくる顧客が相変わらず多いのも事実です。
 しかし、あなたの担当プロジェクトはすでに2年も経過しているとのこと。猫の目のように環境が急変する時代に、ここまで時間をかけてしまっては、もはや「死に体のシステム」です。
 なぜ2年もかかったのでしょうか。あなたによると、遅れの原因はG社のリストラにあるとのことですが、私にはそれだけではないように思えます。

遅延の理由は"地力"不足

 G社は2年前にSCMの構築に着手したのですから、本来なら「進取の精神に富んだ企業」として高い評価を受けるべきなのでしょうが、果たして本当にそうでしょうか。少々厳しい言い方かもしれませんが、2年もかけてシステムを立ち上げられないということは、貴社もG社も、そもそも背伸びをしていたとしか考えられないのです。
 当時、米国では盛んに「ERPからSCM」へのパラダイム・チェンジが叫ばれていました。日本でも、あたかもSCMが企業再生の金科玉条であるかのようにいわれていました。G社がそうした雰囲気に流されたとしても、不思議ではありません。
 ところが、SCMを成功させるには、取引先を含めた業務革新を実現するだけの「地力」が必要です。もちろんシステムを作る側も、相手にその地力があるかどうかを見定めないと、理想と現実のギャップは埋められません。
 ここで、中堅流通業K社によるPOSシステム導入の失敗事例についてお話しましょう。

勇気ある撤退も必要

 スーパーマーケットとディスカウントショップを展開していたK社は情報化の人材不足を補うため、ある流通コンサルタントと契約しました。彼の案内で、経営者をはじめとする幹部数人が、10日足らずの「米国流通業の視察旅行」に出かけたのです。
 止せばいいのに、そこで仕入れた中途半端な知識をうのみにしたあげく、自社の実力とはかけ離れた情報化戦略を立ててしまいました。そのうえ、最初に実行すべき業務改革もそっちのけでシステム要件を固め、開発会社に発注してしまったのです。
 管理者に対しては、新システムの説明や業務フローの変更について教育しました。しかし、業務改革は多くの社員を巻き込まない限り徹底できません。案の定、新システムは完成したものの動くはずもなく、いまだにその責任の擦り合いをしているありさまです。
 あなたたちが、顧客に自信を持って「あるべき姿」を勧めたとしても、それはあくまで情報システムというフィルターを通してのものです。それがたとえ業界標準であろうと、残念ながらドロドロした実務の世界では受け入れられないことが多いのです。この事実を認識し、顧客の立場を理解しない限り、成熟した取引関係を築くのは難しいかもしれません。
 G社の内情も、「SCMの世界」からはほど遠いものだったと思うのです。おそらく、社内での業務の洗い出しや課題の絞り込みも中途半端のまま、現実軽視の頭でっかちなシステムを目指したのではないかと推察します。
 このまま、結論をずるずると先延ばしすれば、あなたのプロジェクトが赤字の上塗りになるのは火を見るより明らかです。俗に言う「プロジェクト崩れ」であり、いち早く戦線を縮小しないと、ほぞをかむことになりますよ。

今は地力を蓄えよ

 これだけ時間が経過しているので、システムの基幹部分はすでに完成していると思います。であれば、それをG社の身の丈に合うように切り分け、1日も早く稼働させることが肝要です。あとは2次システムとして留保し、G社が名実ともに再生して、本当にSCMを自分のものにできるときまで待つべきです。おそらく、彼らはあなたの勇気ある提案を待っているはずです。
 次いで、老婆心ながらG社に申し上げます。流通業ばかりか他の産業においても業績は悪化の一途をたどり、今後もリストラに一層の拍車がかかるでしょう。特に、流通業界では「日銭商売」がすべてに優先するあまり、見境のないコスト削減が行われるのではないかと危惧しています。しかし、次の一手とも言うべき「ITの灯」まで消すようなことがあってはなりません。
 これまで、IT関連業界は「米国発」の新しい概念を売り物にしてきました。中身が伴わないまま「夢を語り、夢を売ってきた」という面がなかったとは言い切れません。
 企業の業績が右肩上りの時代であれば、こうした夢に果てしない思いを託す先進的な経営者がいたでしょうし、彼らが自社の能力とは関係なく、夢に飛びついて来たことも事実です。
 しかし、夢を売り買いするにはまず、現実との乖離を埋める力が必要です。それがなければ、思いは決して実現しないでしょうし、SCMもCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)も単なる言葉遊びに終わってしまうのです。

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