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失敗事例にズバリ回答・IT経営相談室
『データ偏重の後継者に一抹の不安が』

(2001年11月号)

質問
 私は食品加工販売会社の相談役です。当社は4年前、大手スーパーの破綻で多額の不良債権を抱え込んでしまいました。私自身は自宅をはじめ、すべての私財を処分しましたが、今も心が痛むのは、多くの大切な社員を退職に追いやってしまったことです。
 ようやく再建の見通しが立つようになったのを契機に、第一線を退くことを決意し、昨年、金融機関から来てもらったF氏に代表権を渡しました。現在、私は週に2日出社し、重要案件については意見を聞いてもらっています。
 ところが最近、F社長が私にほとんど耳を貸さないのです。彼は銀行出身のせいか、計数管理を重視しています。情報システムを再構築し、ブラックボックスになっている製品原価を洗い出して、経営改革の指針にするそうです。
 私は創業以来「事業発展の源は、良いものを安く早く作り、顧客に喜んでいただくことだ」と信じて、「モノづくり」に全力を傾注して来ました。
 最近はIT(情報技術)なくして事業は成り立たないという風潮のせいか、同業者も盛んにIT投資をしています。しかし、私の知る限り、成功している企業は見当たりません。
 大企業ならともかく、私たちのような中小企業が計数ばかり追いかけても後追いの経営になってしまい、得るものがあまりないと思います。F社長にIT投資を見直すように強く意見したいのですが、間違っているでしょうか。

回答
 多額の焦げつきを抱えて、大変なご苦労をされましたね。それにしても、この環境のなかでわずか3年で立て直しのめどをつけたとは、実に見上げたものです。創業者としての強烈な執念なしにはできないことです。
 「大切な社員を退職に追いやった」とのことですが、心を鬼にして企業再生に賭けた思いが垣間見えてきます。もし、最悪の事態を引き起こしてしまえば、より多くの人々に取り返しがつかないほどの犠牲を強いることになったはずです。
 あなたにとって、大切な社員を路頭に迷わせたことが心の負担になっているのは痛いほど分かりますが、誰もあなたのことを非難できないでしょう。
 自分のすべてを賭けて営々と築いてきた会社を他人に任せることは、大変な決断です。私たち日本人は先祖伝来の田畑を守り抜くという農耕民族の習性でしょうか、欧米人のように「ビジネス」と割り切って企業を売買することが苦手でした。
 ようやく最近、生き残りを賭けた大企業の事業売却や合併が激しくなり、抵抗感はだいぶ薄れてきました。とはいえ、中小企業のオーナー経営者は別です。金融機関から個人保証を強いられているだけに、自分の身を切られる思いがして、簡単には手放せないというのが本音だと思います。いずれにしても、相当「生臭い」相談役ですね。
 さて、新社長は情報システムによって製品原価をリアルタイムに把握し、貴社の改革を進めるための指針にしたいというわけですね。一方、創業者のあなたは「モノづくり」に全力を注ぐことが基本だと主張しています。どちらも正論であり、両立させなければならないことです。

難しい原価管理システム

 多くの中小企業は、今までも原価を把握しようと試みて来ました。しかし、標準原価を設定できている企業でも、実績値との差異を分析・評価するまでに至らず、コストダウンに直結していないのが実情です。情報システムのなかでも「原価管理システムは最も使いこなしが難しい」と言われるほどで、会計事務所からの「月次決算」を見て、初めて損益を知るという企業が相変わらず少なくないのです。
 経営者であれば、自社の製品が儲かっているのか損をしているのかを、瞬時に知りたいのは当然です。「原価を把握して、次の一手を打つ」というのは、企業経営の基本です。
 おそらく、あなたもその必要性を痛感しているはずです。ただ、新社長が「数字」に執着するために、感情的反発があるのではありませんか。

ITを生かすも殺すも人次第

 一般論ですが、大企業からの出向者は若いときから「ビジネス・トレーニング」を受け、客観的に計数を読むことに長けていると思います。新社長も銀行出身者だけに、基礎的な経営知識は十分お持ちのはずです。
 一度は瀕死の重傷を負った貴社を再評価し、次の変化に耐え得る実力を養うためにも、ここは、彼の取り組みを支援してあげるべきではありませんか。そして、創業者の比類なき逞しさを、彼に継承していくことが「良き相談役」としてのあなたの任務ではないでしょうか。
 ただし、あなたにはしっかりと見据えてもらいたい点があります。
 まず、F社長が原価管理システムを使いこなし、業務改革に生かせる能力があるのかということです。成果を上げるには、社員や取引先の人々に対してリーダーシップを発揮し、ともに手を携えて目的に向かって邁進できる魅力的な経営者でなければなりません。ITという道具を生かすも殺すも、陣頭指揮を執る人間次第なのです。
 F社長は銀行出身のサラリーマンにありがちな「常識的分別」があり過ぎて、あなたが気を揉んでいるような大がかりなIT投資をするとはとても思えませんが、逆に心配な点もあります。
 ものごとを間違いなく処理しようという意識が働くあまり、システムや業務改革の範囲を小さくまとめてしまうことです。中小企業の特徴である臨機応変さを損なったり、数字を細かく取ることを目的とした「出身銀行への報告用情報システム」ではいけません。
 また、あなたが主張しているモノづくりのあり方についても、基本的に見直す必要に迫られています。

ITを前提に発想の転換を

 ご存知のように労働者の賃金が世界一高い日本では、従来型のモノづくりは立ち行かなくなりつつあります。いくら最新式の製造設備に投資しても、国際的な価格競争に勝てないという現実を直視しなければなりません。
 貴社で生産している食品も、中国をはじめとするアジア各国が、より低価格・高品質なものをどんどん日本に輸出しています。すでに、あなたが経験してきたモノづくりでは顧客は喜ばないかもしれないのです。
 残念ながら、現状を維持しながらひたすら改善・改良を積み重ねるだけの「単一的思考回路」では、世界に通用しない時代になりました。モノづくりのあり方を変革するためにも、ITとの融合は避けて通れません。
 たとえ同業者が失敗しようとも、ITを生き残り戦略の要に据える以外、有効な手段はないのだと信じてください。幾多の障害や制約を克服しなければなりませんが、失敗に学ぶ勇気を持ち続けてこそ、「ITを企業変革のインフラにする」ことが可能になるのです。

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