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失敗事例にズバリ回答・IT経営相談室
『専門家を雇ったのに2億円の投資が無駄とは』
(2001年10月号)
質問
昨年、スカウトされて外資系医療機器販売会社の社長に就任しました。
入社直後、極東支配人から「本社は来期、S社のERP(統合業務)パッケージを導入する。日本法人でも直ちに準備するように」という指示を受けました。私自身はIT(情報技術)については素人同然なので、急きょ2人の専門家を採用。彼らを中心にプロジェクトをスタートさせました。
ところが、パッケージ・ソフトのカスタマイズ費用やコンサルティング費がかさみ、合わせて2億円以上を投資するはめになったうえに、1年経ってもシステムは稼働していません。営業部門が頑強に抵抗しているのです。営業本部長に最優先で協力するよう指示したところ、「顧客に迷惑がかかるシステムを使うわけにはいかない」と言います。
最大の原因は、本社と日本の商習慣の違いです。例えば、顧客からの「預り在庫」の取り扱いです。日本では当然のように無償保管ですが、本社では「一度売り上げたものを預る場合、保管料を請求する」というルールがあります。ほかにも、挙げたらきりがないほど問題が噴出しています。それらを解決するためにIT担当者を高給で雇ったはずなのに、全く機能していません。
来月、本社の会議で、プロジェクトの遅れについて釈明しなければなりません。私の責任を追及されるのは間違いないでしょう。早急に対策を立てたいのですが、何か打つ手があるでしょうか。
回答
過去、私の身内を含めて、外資系日本法人の「雇われ社長」になった人々が本社を買収される憂き目に遭ったり、自らの業績不振の責任を取らされて解雇されたケースなど、様々な悲哀を見聞きしてきました。
最近の日本企業でも「解雇される社長」が出てきていますが、外資系に比べれば経営者に対する責任追及はまだまだ甘いと言えるでしょう。グローバルな経営という視点から見れば、外資系企業の対処の仕方はある意味では当然かもしれません。
私たちにとっても他人ごとではありません。今後は企業の規模や国籍にかかわらず、経営トップがその経営責任を厳しく追及される時代になります。
それにつけても、今回のシステム導入は問題が多過ぎますね。あなた自身、この会社に来るまでいくつもの外資系企業で「大きな権限と責任の重さ」を経験してきたはずです。そのあなたが、会社の実態も把握しないうちに大規模な投資をするとは、いささか軽率だったのではありませんか。
IT技術者を見る目が問われる
ITに2億円以上も使えるということは、貴社には少なくても200億〜300億円程度の年商はあるのでしょう。この企業規模の業務内容を推測すると、ERPの導入は相当な準備をして取りかかるべきプロジェクトだったはずです。
にもかかわらず、あなたは自分のIT音痴を理由に、「人材さえ確保すればなんとかなる」という安易な気持で投資したのではないかと疑ってしまいます。あなたが頼りにしている「自称専門家」たちも、表面的な経歴だけを見て採用したのではありませんか。
外資系企業の採用面接を受ける場合、大ほらを吹いてでも自分を売り込めといわれています。時としてこれが過大評価となり、専門家とは似ても似つかない人物を高給で雇ってしまうことがあります。
今回採用した2人も、相当売り込みが上手だったのでしょうが、あなたが現地法人の責任者として採用したのですから、あなたの「人を見る眼力」が問われることになるわけです。
仮りに彼らがITの知識を豊富に持ち、ERP導入の経験があったとしても、今回のプロジェクトは相当難しいものになったはずです。貴社における業務知識はもちろん、経営全体を見通せる能力がないと、パッケージ・システムといえども動かせないからです。
部下に責任転嫁するな
さて、話は少し飛びますが、あなたと同じ立場にあった私の知人、T氏のケースについてお話しましょう。
彼は外資系企業でキャリアを積み重ね、数年前、H社に社長としてスカウトされました。非常に有能な人材でしたが、管理者の立場になってからというもの、人が変わってしまいました。仕事上で問題が起こると、その責任を自分の部下に擦りつけ、常に自己防衛する習性が出てきたのです。
最近も、私の面前で部下を呼びつけ「お前が俺の指示した通りにやらないから、クレームが発生したんだ!」と怒鳴りつけたうえ、「俺がクビになるのを待っているんだろう」とまで言い出す始末。とても常人とは思えない挙動でした。
しかし、当人と2人だけになると「本社からいつ、『出社に及ばず』と言われるか。そのプレッシャーに耐えるのは苦しい」と心情を吐露しました。
いくら部下を怒鳴りつけても責任を回避できないことを知りながら、重圧から逃れたい心情からの言動であれば、あまりに空し過ぎます。
あなたの文面では直接触れていませんが、行間には2億円のIT投資が失敗したら解雇されるという恐怖感がにじみ出ています。T氏がとった言動と同じように、IT担当者にすべての責任を転嫁し、気持ちのうえで楽になりたいという思いが、手に取るように見えてきます。
あなたは今、「本社の会議にどう対応しようか」ということで頭がいっぱいかもしれませんが、この期に及んでジタバタしても何ら問題は解決しません。自己保身だけに汲々としていては、本社の連中に見透かされるだけです。腹を据えて当面の善後策を考え、果敢に行動する道しかありません。
遅過ぎる嫌いはありますが、2億円もかけたシステムを捨てるわけにはいかないのですから、とにかく稼働させることを最優先すべきです。それには、あなたが陣頭指揮を執り、「泥をかぶる勇気」を示さなければ社員は誰も本気でついて来ないでしょう。いまさら、日本の商慣習が良いのか悪いのかを言っても始まりません。
経営トップが陣頭指揮を
やるべきことは、ただちに本社を納得させることです。大変な労力を費やすことになると思いますが、営業を含めた関係部署と徹底的に議論してください。現在の業務を、ERPのコンセプトにどこまで合わせられるのかギリギリのところまで詰めれば、業務改革への足掛かりができるはずです。
そのうえで、システムをカスタマイズしなければならないところを明確にすることです。ここまで来れば、あとは力仕事になりますから、時間が解決してくれます。
あなたが本社に出向くまでに稼働させることは無理ですが、自信を持ってシステムの具体的な対応策と立ち上げ時期を本社に明示することが、信頼を取り戻すためのチャンスにもなるでしょう。