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失敗事例にズバリ回答・IT経営相談室
『冷遇されてきたIT部門、投資再開に戸惑いが』
(2001年8月号)
質問
私は現在、ある機械メーカーの情報システム部長をしております。当社は大型汎用機を導入してすでに30年以上の歴史があり、かつては業界でも「情報化のトップランナー」として評価されていました。
しかし、今ではそのシステムも単なる高速印刷機になり果てました。一部上場企業とはいえ、お粗末極まりない状況なのです。
この10年間、当社は人員整理で明け暮れ、最盛期には30人いた情報システム部員も、1/3に減りました。誰もが新しいことに取り組もうという意欲が萎えて、すっかり意気消沈しています。私も、いつ自分の番が回ってくるかと、胃がキリキリする思いをしてきました。
ようやく最近、リストラが一段落し、業績は回復基調にあります。同時に、経営陣は唐突にIT(情報技術)投資を再開する方針を打ち出し、1カ月後にIT投資の原案を提出するよう指示しました。
この突然の方針転換に、私たちは面食らっています。部内にはITによる改革意欲を示す管理者は少なく、さりとて若手社員に全社規模の情報化プロジェクトを任せられません。
どこから手をつければいいのか見当もつかず、ぜひ相談に乗っていただきたいのです。さしずめグループウエア導入からではどうでしょうか。基幹システムについては、投資を抑えるためにERP(統合業務)パッケージの採用を提案しようかと思っていますが…。
回答
失礼とは思いますが、何とも覇気のない文面に、苛立ちさえ覚えてしまいます。
今、日本の産業がどのような状況に置かれているのかご存知でしょう。企業ばかりか国家ですら、その存亡を賭けて変革をしなければ立ち行かないところまで来ているのです。
50年にもわたる太平の世のぬるま湯に、首までとっぷり浸かってきたサラリーマンにとって、最近のリストラは恐怖そのものであり、耐え難いことです。しかし、この難関をクリアしなければ次の世界に到達しないとすれば、今の苦しみをあえて享受しなければならないのではないでしょうか。
ここで戦意をなくしては、あなた自身の人生を諦めてしまうことにもなります。今回のIT投資再開は唐突かもしれませんが、あなたたちにとって再び「戦いの狼煙(のろし)」を上げる絶好の機会です。再び情熱をめらめらと燃え上がらせて下さい。
経営者の啓もう・教育を
ここで、少々申し上げておきたいことがあります。
多くの情報システム部門は、これまで企業発展の礎になってきたかというと、はなはだ心許ない限りです。あいも変わらず、他部門から来る要望をチビチビとこなすことが仕事だと錯覚し、「自社のIT化のあるべき姿」を描いて経営戦略の中核を担うという本来の機能を放棄してきたのではないでしょうか。歴史のある老舗企業のシステム部門ほど「小心者の集団」になっているケースを多く見受けます。ですから、追い詰められた経営者から見れば、何をやっているのか分からないシステム部門としてリストラの俎上に上げられてしまうのです。
一方では、よく経営トップがメディアのインタビューで「ITこそ当社が再生するための切り札だ!」などと、格好よく発言しているのを見聞きします。「IT、IT」と騒ぎ立てていれば、一流の経営者になった気がするのでしょうか。ところが、実はキーボードすら触ったことがない経営者があまりに多いのです。
今や、大企業の経営トップといえども日常的に自らキーボードを叩き、社員と直接コミュニケーションできなければなりません。
あなたは「当社の情報システムは高速印刷機になり果てた」といわれますが、それを放置した貴社の経営トップも「IT念仏」を唱えているだけかもしれません。彼らにITを経営戦略にどう生かすのかを教育・啓蒙するのは情報システム部門のあなた方しかできないのです。
まず課題の洗い出しから
さて、IT化構想の上申書を上司に提出しなければならないとのことですが、その前にお聞きしたいのは、あなたの会社が抱えている課題はいったい何かということです。いきなり「グループウエアを導入してはどうか」というのはあまりに短絡的です。そのうえ、投資額を抑えるために、基幹システムはERPパッケージを導入することをことも検討しているとか。
なぜ、方法論ばかりを云々するのですか。投資額を抑えることを考える以前に、社内の課題を客観的に洗い出すことが先決でしょう。
例えば、日常業務ではモノと情報の流れがバラバラになっていたり、部門間で同じ仕事が重複しているといった課題が、挙げればきりがないほどあるはずです。役人の数は仕事の量に関係なく一定の割合で増えていくという「パーキンソンの法則」ではありませんが、大企業にも、本来は不要な間接業務が止めどもなく存在します。
現在のシステムはバッチ処理の固まりだということも、容易に想像できます。そこには情報を共有する仕組みもなければ、社内の問題点を浮き彫りにする仕掛けもないはずです。経営者が、販売・生産・財務資料をリアルタイムに把握できない状態でしょう。
この現実を社長以下、幹部に対して直接具申すべきです。そして、大いに議論し、自社の欠点を認識し合うことから始めなければダメです。こうした場を持つことを不退転の決意で具申すれば、きっと受け入れてくれるはずです。
いまさら言うまでもありませんが、当たり障りのないやり方でシステムを構築すれば、当面は誰も「怪我」をしないで済むかもしれません。しかし、自社の課題に正面から立ち向かっていないシステムは、絵に描いたような失敗に終わります。
情報システム部の使命を再認識せよ
私は、あなたの文面を読んで「これが、かつて日本を支えてきた基幹産業の末路か」と、淋しささえ覚えました。あなたの立場が言わせたのかもしれませんが、グループウエアとかERPパッケージなどと小手先のことを言っていては、何も解決しないのです。
あなたたちは「当社を21世紀型企業にするためには、情報システム部は今、何をすべきか」という絶対的使命感のうえに立ち、その中核を担わなければなりません。すでに日本の製造業が瀕死の重傷を負っているのをご存知でしょう。世界一高い賃金と、依然として削減できない管理工数を抱えたまま、グローバル化どころか、東アジアにさえ凌駕されようとしています。
ここ1〜2年のうちに、従来とは異なる製造業の激しい淘汰が始まるかもしれません。もはや、私たちに残されているものは、行動だけなのです。