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シリコンバレーに学ぶ中小企業の生きる道 第5回
『融通が効かないASPの落とし穴』

(2001年5月号)

 ある自動車部品の中小メーカーが、業種転換を図るために新たな情報システムの構築を迫られたときのことです。ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)に興味を持ち、導入を決めました。ところが、あまりに四角四面のシステムに翻弄され、導入を途中で諦めてしまったという事例をご報告しましょう。
 サンフランシスコから国道101号線を南下して約30分、サンノゼとの中間に位置するF社は、60年以上にわたって軍用車に搭載するウインチを生産してきました。車載用ウインチメーカーとしては老舗でしたが、ここ数年、軍事予算の削減に伴って売り上げが減少していました。
 オーナーであるS氏は、時代の先端を行くハイテクビジネスなどいくつもの事業を展開しており、ローテクの最たるウインチなどに何の魅力も感じていませんでした。できればF社を売却したいと考えていたほどです。
 洋の東西を問わず、絶対権力を持ったオーナーがその気にならなければ何も進まないのが中小企業です。生産設備は言うに及ばず、情報システムに至っては15年前のものを平然と使っているありさまでした。S氏はIT(情報技術)投資についても、おいそれとは認めなかったようです。
 そうは言うものの、F社をすぐに売るわけにもいかず、ジリ貧の業績を見過ごすこともできません。S氏はやむなく、友人の紹介でシリコンバレーにある半導体製造装置メーカーに自社の駆動技術を売り込みに行きました。

ASPに飛びついた経営者

 98年当時のシリコンバレーは異常な繁栄の真っ只中にあり、F社にも、1カ月を待たずして半導体製造装置の駆動部分に関する取引案件が舞い込みました。
 ただし、取引を開始するにはいくつかの条件があったのです。たとえば設計仕様や生産・在庫情報はインターネットでやり取りできることが大前提でした。
 オーナーのS氏は渋々ながら、IT投資を承認せざるを得ませんでした。なにしろ、15年前のパッケージ・ソフトではネット経由で在庫データをやり取りすることなど不可能です。
 早速、外部の専門家のアドバイスを受け、インターネットで生産管理系システムの情報集めを始めました。そのなかで、ひときわ目を引いたのが、あるASPだったのです。
 「システムを自前で構築せず、ASP事業者が提供するソフトをインターネットなどを経由して利用する」という点が、中小企業にとって大変に魅力的に映ります。F社もすぐさまそのASP事業者に問い合わせ、システムのプロトタイプと導入マニュアルを送ってもらいました。社内でプロトタイプに目を通し、わずか半日検討した結果、「ASPはシステムを自前で構築するより断然安上がり」という結論に達してしまったのです。

6カ月でASP契約を打ち切り

 しかし、いよいよ契約しようというときに、取引先とのCADデータや生産情報の受け渡し機能がないことに気が付きました。おまけに、最大公約数的なパッケージ・ソフトにありがちな汎用機能だけでしたから、そのままでは使い物にならないことも徐々に分かってきたのです。
 ASP事業者に機能を追加してほしいと打診しましたが、「カスタマイズには対応しない。ただし、別システムとして開発するのであれば請け負う」とのことでした。
 取引先への納期は迫っています。データをネット経由で受け渡しする機能だけでも、早々に立ち上げなければなりません。そこで、必要最小限の追加をしてもらうことにしたのです。その価格たるや目が飛び出るほど高いものでしたが、時間的制約のなかではやむをえなかったでしょう。
 ところが、さらにASPの欠点が浮かび上がってきました。受注データを基に各部品の必要量を計算できないのです。システムで扱える部品数に限界があることが原因だったようですが、そのことはマニュアルに一言も書いてありませんでした。
 納品予定日まではわずか1カ月。もはや資材手配も生産指示も、人手でやるしか方法はありません。工場の責任者たちベテランが5人がかりで、図面を見ながら所要量算出を始める羽目になりました。
 皮肉なことに、それまで情報化が遅れ、システムに頼っていなかったことが幸いしたのか、さほど苦労せず立派な「部品手配台帳」が完成しました。これさえあれば今後の心配はありません。馴染みがないASPなど、もう使う気にならないのは当然です。
 所要量計算に不可欠な部品手配台帳ができたことですし、これを基に自前で使い勝手の良いシステムを構築することに方針変更しました。あとは、取引先と双方向で受発注データをやり取りできれば、なにもASPにこだわる必要はないのです。これも、簡単なウェブ・サーバーを立てることで解決できます。
 当初の契約期間が6カ月だったため、その間は取引先からの情報の受け口としてASPを使いましたが、その後は契約を更新しませんでした。

トライ&エラーを恐れない

 98年当時のアメリカでは、21世紀に向けての企業情報システムはASPなしには考えられないという風潮がありました。日本でもこの2〜3年、ASPが中小企業のIT化の目玉になると、まことしやかに論じられています。
 しかし、F社の例を見る限り、定型業務やグループウエアはともかく、業種や企業の個別の事情にマッチしたシステムを求めるのは至難の業なのかもしれません。
 業務の標準化という難題が横たわっているからです。標準化が進んでいるといわれるアメリカでさえ、このありさまです。標準化では空恐ろしくなるほど遅れている日本の実態を考えると、ASPの普及には相当時間がかかるかもしれません。
 それにしても、F社がASPの導入を短時間で決定し、しかも不適当と見ればわずか3カ月で導入中止という結論を出したのは驚きです。アメリカ人の切り替えの速さには感心せざるを得ません。おそらく、日本企業であれば1年近くは擦ったもんだを繰り返し、結論を先延ばししたのではないでしょうか。
 私たち中小企業が成長するためには、新しいものや知らないものへの飽くなき挑戦がなくてはなりません。誰かが成功したのを見定めてから、やおら腰を上げるようでは手遅れなのです。
 確かに、F社はアメリカでもIT化が遅れている企業でしたが、トライ&エラーを恐れないチャレンジ精神を持っていました。日本のように景気動向が少しおかしくなると、たちまちにしてチャレンジャーの立場を放棄するようでは、けっして「21世紀は中小企業の時代」にはならないでしょう。

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