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シリコンバレーに学ぶ中小企業の生きる道 第4回
『IT不信が招いたシステム開発の失敗』

(2001年4月号)

 「コンサルタントは詐欺師だ!」。サンノゼ市郊外にあるE社を訪問したときのことです。A社長は開口一番、初対面の私にものすごい形相でわめき散らしました。その瞬間、「あれ、ここは日本かしら」という錯覚に陥りました。私たちが日ごろ頭を悩ませている類いの「IT(情報技術)トラブル」が、まさかアメリカでも起きているとは考えてもいなかったものですから、いささか戸惑ってしまったのです。
 半導体の洗浄装置を生産しているE社は1998年、ナスダック上場を果たした新進気鋭の中小企業でした。A氏の強面の形相とは裏腹に、きれいなオフイスと見事に整理整頓された工場を案内されました。そこでは、アメリカの企業とは思えない光景があちこちに見受けられたのです。「品質チェックリスト」や「作業手順書」などがいたる所に張ってある様子は、まるで日本の工場のようでした。
 E社はもともと、A氏の父親がオレンジ加工機の工場を60年代に創業したものでした。A氏が継いだ90年代に、半導体関連に業種転換を計ったのです。立ち上げの数年間は作れど作れどクレームの山を築き、倒産寸前まで追い込まれたといいます。

IT投資には懐疑的な経営者

 その直後、あるコネで運良く日本企業と技術提携を結びました。A氏自ら提携先で技術研修を受けたり技術者の派遣を仰いだおかげで、どうにか安定した品質を維持できるようになったのです。
 そのためか、彼の口を衝いて出るのは「日本の生産技術は今でも世界一だ!」という言葉でした。ここ何年にもわたって「日本の技術」をほめ讃えてもらう機会がなかったせいでしょうか。先ほどまで「強面」そのものだったA氏の顔が「仏顔」に見えてきたのですから、現金なものです。
 どうやら、A氏の「日本びいき」は表面的なものではなく、先ほどの品質チェックリストや作業手順書を使うといった工場管理手法まで、まさに日本そのものでした。
 しかし、ナスダック上場後に導入した生産管理システムは、米国製のERP(統合業務)パッケージでした。システム開発のために契約したITコンサルタントが推奨したためです。生産管理は日本式でありながら、その情報システムは米国式のMRP(資材所要量計画)をベースにしたものでした。異なる思想の整合性をとろうというのですから、並みたいていのことではありません。
 ERP導入は、上場時に会計士事務所から「必要不可欠」と指摘された事項の1つだったのですが、A氏自身はもともとIT投資には疑問を持っていました。「我が社にとって重要なのは、何よりもまず品質向上だ。これ以外にない」と言ってはばかりませんでしたから、最初から多額の資金を投資するつもりはなかったようです。
 ですから、企業規模の割に投資額も少なく、コンサルティング料を含めて10万ドル程度に抑えたのです。計画自体が、かなり中途半端なものだったと想像できます。
 ITコンサルタントに対しては、相当しつこく具体的な導入効果を確認しました。彼は求められるままに「稼働事例が最も多い」ことなどを挙げ、かなり詳細な数値を示して説明したのです。それでも信じ切れないA氏は、新たに「生産管理に強い」というシステム担当者を採用して、導入体制を整えました。

不安が的中!動かないシステム

 ところが、システム担当者はコンサルタントとのヒアリングを重ねるうちに、「このパッケージをE社に適用するのは無理だ」と感じたのです。このままだと自分にも責任を転嫁される恐れがあると敏感に察知し、「押っ取り刀」でA氏にご注進に及びました。
 A氏は「そんなはずはない。導入前に確認してある」と言い張ったものの、システムの内容を自らチェックしたわけでもありません。不安になって、コンサルタントとシステム担当者を呼び、「対決」させることにしました。
 しかし、システム担当者の意見を採用してフルカスタマイズで開発すると、投資額は3倍近くになってしまいます。A氏は迷いましたが、パッケージで十分対応できると言い張るコンサルタントの主張を認めてしまったのです。どうもA氏は生産技術には強い関心を持ち、自ら組み立てラインの省人化を進めたりしていましたが、ITについてはどうしても積極的になれなかったようです。
 システム担当者の不安は的中してしまいました。原型をとどめないほど「外付け」のファイルがぶらさがったシステムができあがったのは、それから7カ月後でした。どうしても整合性の取れない部分はそのままにして、とにかく試験稼働に入ることになったのです。
 最初から「動かないシステム」になるだろうと予測していたシステム担当者は、不満を爆発させました。「コンサルタントを辞めさせ、損害賠償をとるべきだ」と主張したのです。しかし、忍耐強いA氏はもう1度、手直しすることを指示しました。システム担当者は、その場で退社。残ったのは使いものにならないお化けのようなシステムだけでした。

「ITの喰わず嫌い」を直すべき

 なぜA氏は、ここまで事態を悪化させてしまったのでしょうか。
 根本的な問題は、彼がIT投資に懐疑的であり、本当はその必要性を認めていなかったところにあると思います。目利きのできるシステム担当者を置いたところまでは良かったのですが、結果的にその忠告に耳を貸そうとはしませんでした。何よりもまず投資額を抑えたいという意図があったからです。
 我々は「アメリカの情報化は日本より数段進んでいる」とか「アメリカの経営者はITの理解度が違う」といったイメージを持ちがちですが、もちろんアメリカの中小企業経営者すべてがITの信奉者ではありません。ITの導入成果に満足している経営者は20%に過ぎないという調査もあります。つまり、なんらかの理由で失敗している経営者のほうが圧倒的に多いのです。
 その失敗のすべてとは言いませんが、多くの場合に共通するのが、A氏のように最初からITに不信感を持っていたことでしょう。「本当はやりたくないが、コンサルタントに言われたから」「株価対策で仕方なく」といった理由で始まったIT投資が、成功するはずがないのです。
 人材やインフラといった環境面で恵まれたアメリカでさえこうですから、日本では経営者がITに対してよほどしっかりとした意識を持たなければならないでしょう。ところが、中小経営者に多いのが「生産現場には強いがITはからっきしで、知ろうともしない」というタイプです。彼らはいわば食わず嫌いのまま、ITに不信感を持っているのです。これでは成功はおぼつきません。

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