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失敗に学ぶ中小企業の生きる道 第11回
『ネットブームに踊った2代目社長』
(2000年11月号)
インターネットをビジネスに活用できない企業は、「古い」という烙印さえ押されてしまう世の中になってきました。こうした風潮に煽られた経営者が、「我、遅れてはならじ」とインターネット対応のEDI(電子データ交換)システムを導入してはみたものの、プロジェクトの遂行能力が追いつかず、再び以前のシステムに舞い戻ってしまう―。今回は、何とも情けない事例についてご報告します。
K社は電子機器向けIC基板の組み立てが主力事業で、社員数は約250人。利益率が高い優良企業でした。先進的だった先代社長の決断で、中小企業としては早くから情報化に取り組みました。20年以上も前に汎用コンピュータによる生産・販売情報システムを稼動させ、しかもそのシステムが実によくできていたのです。
しかし、2代目のI社長が10年前に事業を継承してからは、システムの更新はわずかに1回だけ。1年前にどうにかLANを構築した程度で、社外のネットワークとは全く接続していません。不思議なことに約20社ある取引先からも、電子メールやEDI導入の要請はただの1度もありませんでした。
下請企業の惰性とでも言いましょうか、取引先からの圧力がないのをいいことに、情報化に無頓着で過ごしてきたのです。I社長も、「今のままでも問題がないのだから」と安易に考えていました。
そのI社長がインターネットの導入を考えるようになったきっかけは、我が家でのネットの普及を肌身で感じたためです。いつの間にか、奥方までが電子メールで友達と食事会の相談をするようになりました。2人の子供たちはパソコンにかじりつきっぱなしで、I社長を「パパ、インターネットって知らないでしょう」などとからかいます。わずか4〜5カ月の間に「我が家で電子メールができないのは、ついに俺だけ」になってしまったのです。
ネットの普及に危機感
夏休み前の定例役員会の席上、インターネットが話題に上りました。5人の役員はせいぜい新聞やテレビで見聞きする程度でしたが、I社長は妻子の間でインターネットが日常化し、自分の居場所がなくなってきていることを、おもしろおかしく話しました。
さらに「我が社もインターネットをビジネスに活用すべきではないか」と言うと、「社長が音頭をとれば、社員もその気になります」ということで役員の意見も一致。インターネット時代にふさわしく、最新のウェブ技術を駆使して全社的な新システムを構築することが決まってしまったのです。
確かに、うまくいけば大きな効果が期待できます。例えば、生産管理システムをインターネットに対応させ、取引先からの受注データをネット経由でもらい、自動処理するといったウェブEDIが可能になります。主要取引先5社だけで売り上げの70%を占めるため、5社と接続するだけでも大いに省力化が進むのです。
I社長は早速、システム開発会社と契約し、「受注情報のEDI化依頼書」を胸に取引先回りを開始しました。その行く先々で「御社はネットワーク化しないと聞いていたから、こちらとしてもEDIを積極的に勧めなかった」ということを聞かされました。自分が「裸の王様」で、危うくEDI化の波に取り残されるところだったことを思い知ったのです。
無駄になった新システム
ひょんなことからシステム再構築に踏み出すことになったI社長ですが、ことがここまで進むともう引き返せません。システム開発会社の言うがままに、システム投資をしていくことになりました。
約10カ月を要してK社の新システムは完成し、社員教育もなんとか終了しました。ところが、試験稼働間際になって、システムの運用担当者たちがI社長に泣きついたのです。彼らは当初、「どうせ社長の道楽だ」と安易に考えていたようですが、次第にネットワークやデータの運用・管理が現行システムとは比較にならないほど複雑であることを知ったのです。
よせばいいのに、I社長は新システムの稼働後も旧システムを残すことにしました。こうなれば、システム管理担当者は新システムをしゃにむに稼動させなくてもいいことになります。やがて、のんびりムードの試験稼働が始まりました。
案の定、社内のサーバーから受注データが消えるなど、試験を繰り返せば繰り返すほど新たなトラブルが発生しました。これでは、日常業務ではとても使えそうにありません。
見かねたI社長は、密かにシステム開発会社の責任者に頼み込みました。「取引先にこちらからEDI化を頼みに行った手前、見掛けだけでもいいからつながっているように見せてくれ」。挙句の果てに旧システムを復活させ、ネットで受け取った受注データを手作業で入力し、処理することにしました。インターネット対応の最新システムは、ほとんど無意味なものになったのです。大きな可能性を秘めたシステムだっただけに、実にもったいない結末です。
2代目社長の落とし穴
一般的に、2代目経営者は情報化についてよく勉強し、その導入・活用にも先進的だといわれます。しかし、それが実は表面的なものであることが少なくありません。
実際、IT(情報技術)を理解しているように見えますが、「時代に乗り遅れるから」「他社も導入しているから」という上っ面の理由で情報化に取り組んでいる経営者に出会うことがあります。特に、儲かっている企業の経営者のなかには「システム投資に失敗しても、税金を納めるよりはいい」くらいに考えている人さえ存在します。
I社長も「絶対に必要なシステムだから、何がなんでも実現する」というほどの思い入れもなく、単に時代の流れに迎合しただけといえましょう。失敗の後も「少し先端を行きすぎたかな」といった認識で、深刻には受け止めていませんでした。
一方、K社の創業者は、ITについての知識はほとんど持たなかったと思います。彼にあったのは「現場で真に必要なものは何かを読む洞察力」と、「目標を達成するまで石にかじりついても努力する執念」でした。それがシステム開発会社の強力な支援を得る原動力になり、当時としては先進的な情報システムの構築に結びついたのです。
中小企業が情報化に乗り出すとき、必ず人材の問題に突き当たります。自前で人材を確保している企業は極めて稀です。これを補完するのは、経営者の日常活動から生まれてくる外部の人的ネットワークです。
日本ではまだ例外的かもしれませんが、経営者が「自分には荷が勝ちすぎている」と判断した場合、プロジェクトを一時的に優秀な外部の人材に委ねるという決断も必要になってきます。勇気が要ることですが、マネジメントをアウトソーシングする時代は目の前に来ているのです。