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失敗に学ぶ中小企業の生きる道 第9回
『「にわかIT信奉」でワンマン社長が暴走』

(2000年9月号)

 最近は「IT(情報技術)なくして企業の存続はあり得ない」とまで言われますが、こうした状況に疑問を呈する中小企業経営者は多いと思います。
 半面、ITの真の意味を見極めないうちに、「情報化が不可欠だ」と騒ぎ過ぎる経営者も見受けられます。そんな経営者ほど無闇に情報化投資に突っ走り、つまづくことが多いのです。
 今回は、シリコンバレーの先進事情を目の当たりにして、突如として「にわかIT信奉者」になってしまった中小企業経営者のケースをご報告しましょう。彼は情報化投資の必要性には疑問を持っていたのですが、訪米以来まるで何かに取りつかれたように情報化投資に走りました。気がついた時には、使い物にならないツギハギだらけの「お化けシステム」ができあがっていたのです。

シリコンバレーで目覚める

 デジタルカメラの部品メーカーとして成長を続けるI社は、10年前にほかの機械部品からの業種転換を図ったことで時代の流れに乗りました。しかし、この転換で、創業者であるS社長が多くの犠牲を払ったことは言うまでもありません。
 転換に反対した「刎頸(ふんけい)の友」である大番頭をはじめ、多くの幹部たちを「泣いて馬謖(ばしょく)を切る」ことになったのです。しかも、転換後3年間というものは新業種に馴染めず、倒産寸前の憂き目に会いました。ついに資産売却や人員整理にまで追い込まれたのですが、S社長の汗と涙はやがて「新生I社」として見事に結実。今では当時の3倍の企業規模にまで発展しました。
 死線をくぐり、辛酸をなめ尽くした経営者は精神的強靭さと、とてつもない自信を持ち、誰にも侵すことのできない個性の持ち主になるものです。
 そんな経営者の典型であるS社長も、最近の情報化については全くの素人です。しかし、「ITの価値は認めるが、あくまで道具に過ぎない」という確固たる考えがありました。
 新事業が軌道に乗り始めた97年に入ってから、自称「元パソコンおたく」の若手役員が会議のたびに全社情報化の必要性を説き始めましたが、S社長はこれを言下に否定。「コンピュータは金を稼がない!今のシステムで十分」と取り合おうとはしませんでした。
 ところが、変化は突然起きたのです。翌年の夏、取引先である米企業の招待で、S社長が生まれて初めてシリコンバレーを訪問した時のことです。目にするものすべてが、まるで別世界。特に、スタンフォード大学で開催された「ITが米国を再生させた」と題する講演会には、目から鱗が落ちるほどの強烈なショックを受けました。
 「今までは目先のことだけで汲々としてきたが、これではダメだ!」―。S社長は帰国の機中で早くも「にわかIT信奉者」と化したのです。帰国2カ月後には「今期の利益はすべて情報化投資に振り向ける」と宣言。全社的な情報システムを構築することを決意したのです。システム・ベンダーも社長自身が即決しました。

度重なる社長のごり押し

 現状は簡単な受発注システムが動いているだけなのに、一気に基幹系や生産系を含めた全社システムを作ろうというのです。受託したシステム開発会社も、当初はどこから手をつければいいのか見当もつかない状態でした。
 それから数カ月後。どうにか詳細設計の段階にまでこぎ着けました。その間、新規受注件数の増加と品種アイテムの拡大に伴う変更修正が続出。さらに、S社長の「あれもやれ、これもやれ」という次から次への注文に、さしものシステム開発会社も困り果てました。
 「とにかく、受発注システムを動かすことを優先しましょう」と提案しても、「人が足りなければ連れて来い。スピードが命なんだ!」などと押しまくられてしまうのです。
 I社の情報システム責任者になった若手役員も、S社長の「にわかIT信奉」が心配になってきました。社長の指示で使用するコンピュータの機種を1ランク上げることが決まったものの、「いったい誰がお守りをするんだ?」という不安が拭えません。
 何回もの仕様変更と追加によってツギハギだらけになった「お化けシステム」が完成するまでに、1年の歳月を要しました。サブシステムごとの単独試験では支障なく処理できたデータが、その後の仕様変更や追加によって処理できなくなってしまう事故が重なりましたが、つじつまだけは合わせるという手法で、どうにか総合試験にたどり着いたのです。
 若手役員は半ばノイローゼ状態になりながら、システム開発会社の尻を叩いて総合試験を繰り返しました。ところが、ツギハギだらけのためか、やはり正常には動きません。とても日常業務の中で運用できるとは思えない代物です。
 総投資額は7000万円近くに脹れ上がりました。しかし、S社長が夢見た全社統合システムは全体の3分の1程度しか稼働しなかったのです。

実力社長が陥りやすい罠

 ITに対して確固たる信念があったはずのS社長が突然変身したのは、シリコンバレーの「熱気」に触れてからです。その変化の大きさとスピードは日本と比べものにならないほどで、あらゆる人々に大きな感動を与えることでしょう。
 シリコンバレーの成功の基礎には、失敗の歴史の積み重ねがあることを薄々知りながら、現地に10日もいると、ITで何でも実現できるような錯覚に陥ってしまいます。この「にわかIT信奉」が、S社長が失敗した直接の原因であることは間違いありません。
 それにしても、問題なのはシステム開発会社です。「ベニスの商人」ではあるまいし、お金さえもらえれば、顧客の手に余るようなシステムになろうと知ったことではないというやり方は、決して許されません。顧客の理解度や実力を見通せないはずはなく、S社長の言うことを聞いていたら逆にI社の不利益になることは分かり切っていたのです。
 さらに、今回はもう一つ潜在的な失敗要因がありました。それは他人を信じないS社長の性癖です。
 「自分以外は信用するな」。私がこれまで知り合った中小企業の経営者を振り返ってみると、立派な実績を持つオーナー経営者ほど、こうした傾向が強いように思います。最近では、急激に成長しているベンチャー経営者にも同じ傾向が見受けられます。
 S社長も苦難の末、見事な業種転換を果たした実力の持ち主だけに、他人の意見を聞こうとしませんでした。若手役員が何度も提案しましたが、最後まで耳を傾けなかったのです。恐らく若手役員に任せていたら、こんな結末にはならなかったでしょう。
 経営者は自ら決断する力を持たなければならないのは当然です。しかし、今や過去の成功体験だけで物事の是非を判断できる時代ではなくなったのです。

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