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失敗に学ぶ中小企業の生きる道 第8回
『曖昧な契約が生んだドタバタ劇』

(2000年8月号)

 これまで紹介してきたように、中小企業が情報化で失敗する要因は実に様々です。「システム・ベンダー側に業務知識が足りなかった」ということもあれば、「ユーザー企業側の業務改革が十分できなかった」といった場合もあります。
 しかし、最も多いのは、ユーザー側とベンダー側双方に問題があり、それが複雑にからみあって事態をより深刻なものにしてしまうケースです。
 前回までは主にユーザー企業側から失敗の分析をしてきましたが、今回は趣向を変えて、システム・ベンダーの視点から情報化の失敗事例を見てみましょう。
 中堅ベンダーであるH社は創業20年の実績を持ち、顧客からも高い評価を得ていました。生産・物流の情報システムを得意とし、業績は非常に好調。証券会社の薦めもあり、株式の店頭公開を目指すほどでした。
 公開まであと1年に迫った98年の初冬、Y社長は顧問会計士から妙な話を聞きました。「最近、システムの品質が落ちているのではないか」―。
 言われてみれば、ここ2年で2倍近い開発要員を中途採用し、入社3カ月後には担当企業を持たせていました。本来は、1年間はベテランのSE(システム・エンジニア)の助手として行動させ、本人の能力を見極めたうえで顧客企業を担当させるところです。
 心配になって開発担当役員に尋ねたところ、特に大きな問題が起きている案件はないとのこと。それを聞いたY社長は、顧問会計士の話をいつとはなしに忘れていきました。

修正作業は無償か有償か

 ところが、それから数カ月後。驚くべき内容の電子メールが営業担当役員から届いたのです。「顧客からのクレームが急増している。社長直々に対策の指揮を執ってもらえないか」。
 ことの重大さを理解したY社長は、しばらく出ていなかった営業会議に出席。そこで、10件にも及ぶ開発案件が問題化している事実を知りました。それも大半が中途採用のSEに任せたものだったのです。
 特に抜き差しならぬ状態にあるのが2件ありました。そのうちの1件は、顧客であるA社の組織変更のせいで、システム納入直後から1年間も「塩漬け」になっていたシステムでした。最近になって実証稼働を始めたところ、不具合が続出しているというのです。
 A社からは「1年も未稼働だったのは当社の責任だが、要求した仕様になっていないのはそちらの責任。1日も早く稼働させたいので、直ちに対応してくれ」と、矢のような催促が来ていました。
 Y社長はこの1件を解決するため、当時の営業責任者と、開発担当者だった中途採用のSEにクレーム対策に専念するよう命じました。しかし、現在の仕事に追われるあまり、彼らが顧客を訪れたのはそれから3カ月も後のことだったのです。
 A社は旧財閥系の中堅工作機械メーカーで、なにごとにもおっとりした企業ですが、さすがにA社の対応の遅さには我慢の限界だったのでしょう。大変な怒りようで、取り付く島もありません。
 とはいえ、H社にしてみれば1年前にすでに検収され、精算も済んでいるシステムです。社内で緊急対策会議を持ちましたが、有償を前提に交渉することに決めました。

おざなりの修正に終始

 当然、A社との会議は激しいやり取りになりましたが、いつまでも対立を続けているわけにはいきません。H社側から妥協案を提示しました。ところが、それは「とりあえず動けばいい」というつじつま合わせの修正案だったのです。案の定、修正した後の試験稼働でデータを入れた途端、とんでもない値が出てしまいました。
 A社の情報システム担当者が、この様子に疑問を持たないはずがありません。「これ、実はきちんと手直ししてないでしょう」―。顔面蒼白になった当のSEは修正内容の説明をしましたが、本人が必死になればなるほど支離滅裂な言い訳になってしまうのです。
 ここに至っては万事窮す。ついに白状してしまいました。
 さあ、ことは天地をひっくり返すほどの大騒ぎになりました。直ちにH社の開発担当役員が呼び出され「店頭公開しようという企業が、こんなごまかしをやるのか!」と一喝されたうえ、「このままでは済まさない」と申し渡されてしまいました。
 間もなく、H社の不誠実な対応に関して、A社は損害賠償請求の準備をしているという噂が聞こえてきました。これが事実だとすれば、目前に控えた店頭公開に悪影響を及ぼしかねません。焦ったY社長は、顧問会計士のコネを頼って、A社に影響力を持つ旧財閥企業のトップに窮状を訴えるべく大手町に足を運んだのです。
 そのことが効いたのかどうか定かではありませんが、A社から「当初の要求仕様通りに、すべて無償で直せ」という連絡が入りました。修正作業には何と3000万円かかりましたが、どうにかことなきを得たのです。

担当者間の信頼関係が不可欠

 さて、ベンダーであるH社と、顧客であるA社のどちらに責任があるでしょうか。
 確かに、おざなりの修正に終始したH社の姿勢は非難されるべきでしょう。何と言っても、失敗の原点は中途入社したばかりのSEに任せ切りにしたベンダー側にあるわけです。たとえ業務経験があるSEでも、彼のセンスと業務知識、得意分野を見極めたうえで適材適所に配置する管理能力が求められます。店頭上場を目指したH社の拡大策があちこちで裏目に出始め、かえって信用失墜につながってしまったのです。
 一方、要求仕様に満たないシステムだったとはいえ、それをいったんは検収したA社の自己責任は免れません。検収時に、仕様通りになっているかどうかを確認しなかったのは自らの都合です。それなのに無償修正を「ごり押し」したことは許されるものではありません。
 とはいえ、双方に言い分があるため、どうしても感情的になりがちです。本来はきちんと契約に基づいて善後策を講じるべきなのですが、多くの場合、ユーザー企業とベンダーとの契約内容にあいまいな部分が多いことが事態を一層複雑にしてしまいます。
 こうしたトラブルを未然に防ぐには、ユーザーとベンダーの長期にわたる信頼関係がなければなりません。いくら契約条項をこと細かく取り決めても、決して「心」の通った情報システムはできないでしょう。
 信頼関係とは組織対組織のものではなく、突き詰めていくと個人対個人によるところが大きいからです。ユーザー企業はよく「ベンダーを選ぶ際には必ずSEを面接し、よく吟味せよ」と言いますが、それと負けないほどの熱意を持って自社の担当者を選抜したいものです。

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