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失敗に学ぶ中小企業の生きる道 第7回
『IT導入先走り業務改革を見失う』
(2000年7月号)
最新の情報システムを再構築するため、コンサルティング会社の1年に及ぶ指導を受けたたものの、システム構築と並行して進めるべき業務改革に失敗。システムの完成直前に開発を断念し、今もって身動きできずにいる事例をご報告します。
G社は社員500人、半導体製造装置を自社ブランドで製造・販売する優良企業です。近年急速な成長を遂げたために人材不足がはなはだしく、幹部の大半は外部からのヘッドハンティングによる“輸入人事”でした。組織図だけを見れば大企業そのものですが、実が伴わず、その機能が空回りすることも多かったようです。
情報システムについても各部門が独自性を主張するあまり、財務・人事系システム以外は統一性に欠けた状態でした。これがT社長にとって頭痛のタネになっていたのです。
時あたかもSCM(サプライチェーン・マネジメンント)ブーム。「企業の命運はここにあり」と言わんばかりの風潮に、T社長もじっとしていられません。自らIT(情報技術)コンサルティング会社やシステム・ベンダーに接触し始めました。ただ、3カ月かけて各社から提案書を集めたものの、どれも「帯に短し、たすきに長し」の感が否めませんでした。
あるITコンサルティング会社の広告が目にとまったのは、ちょうどそんな時期です。偶然目を通していた経済誌のなかに、彼の悩みをズバリと言い当てたようなキャッチコピーがあったのです。
セールストークに「我が意」
「ここだ!」。T社長はすぐさま自社の抱えている課題をまとめ、そのコンサルティング会社に具体的な指導要領を作成してもらいました。その垢抜けた提案内容にすっかり魅せられたT社長は、役員会の決裁も待たず、1年間5000万円という指導料で契約してしまったのです。
G社のある幹部は以前の勤務先でこのコンサルティング会社の指導を受けた経験があり、その評価は必ずしも芳しいものではありませんでした。しかし、社長のあまりの熱の入れようを見て、忠告することをはばかってしまいました。
早速、シニア・コンサルタントと社長以下幹部の個別面談を開始。さらに「自社のあるべき姿」を実現するための課題について討議が行われました。次に3人のコンサルタントをリーダーに、販売・技術・生産のプロジェクトチームを編成して、現場における問題の洗い出しを始めました。
急激に膨張した企業には柔軟性がある半面、ルールはあってないようなものです。用途は同じなのに書式が違う帳票やメモ類が、延べ500種類も収集されました。今まで「おかしいな」と感じつつも、日常業務に追われて改善を怠ってきたことを反省せざるを得ません。
当初は戸惑っていたチームのメンバーも、ここに至って課題が明確に見えてきました。「これに気づいてくれただけで、5000万円の価値があるわい」―。T社長は内心ニンマリしながら、自分の独断先行に間違いはなかったと胸を張りたい思いだったでしょう。
慌ただしかった1年はあっという間に過ぎました。コンサルティング会社から分厚い「IT再構築提言書」が提出され、G社の情報化戦略とその具体的な展開手法について説明会が開かれました。「提言書通りに進めることができれば、世界有数の半導体製造装置メーカーになるでしょう」。シニア・コンサルタントの挨拶に、T社長は涙がこぼれるほど感動しました。
各部門から反対意見が噴出
しかし、この提言書には、最も厄介な業務改革については「G社の自主的活動に任せる」ということ以外、具体策がほとんど触れられていなかったのです。そのまま議論の対象にもならず、誰も気に留めないうちに、システム構築の基本設計はそのコンサルティング会社に、詳細設計以降は以前から取引していたシステム・ベンダーに発注することになりました。
新たな情報システムに合わせるべく、全社的な業務改革が始まりました。しかし、各部門が勝手気ままな仕事のやり方で進めてきただけに、ことはそう簡単には運びません。各部署の改革を進めるためには、まず幹部自身が意識や仕事のやり方を変えなければならないのです。どうやら「総論賛成、各論反対」の兆しが各所に見え始めてきました。
社長主催の改革推進会議でも「提言書通りにはできない」という意見が先行するありさまです。「君たちはこの提言書に共鳴したではないか。今さら何を言い出すのだ!」。T社長の一喝に幹部たちはとりあえず引き下がりましたが、「とんでもない事になったもんだ」というのが偽らざるところだったと思います。
業務改革の遅れが致命傷に
一向に進まない業務改革に業を煮やしたT社長は、シニア・コンサルタントに相談を持ち掛けました。「人事まで手を付けないと先に進まないのでは…」というアドバイスを受けたものの、彼は「業務のことは皆さんの方が専門家ですから」と、それ以上立ち入ろうとはしませんでした。
やむなく、T社長の陣頭指揮による強引な改革活動を展開しました。「次回までに改革案を実践し、結果を報告してくれ」という宿題を出しても、その達成度は半分にも満たない状況でしたが、とにかく忍耐強く取り組むしかありません。
すでにシステム開発が7割方終わったころになっても、業務改革計画はほとんど消化できていませんでした。
改革活動が追いつくまでシステム開発を休止せざるを得ないと決断したT社長は、幹部を前に歯ぎしりしたのです。「我が社の実力はこんなものなのか。君たちは大企業で鍛えられたエリートだったはずだ。当社に来てから腑抜けになったのか」―。
私も経営者の1人として、T社長のやり場のない怒りと無念さは手に取るようにわかります。しかし、人間の習性をわずか1年で変えられるでしょうか。T社長が、コンサルタントが提示する米国の洗練された方法論だけにその解を求めたとすれば、少々甘かったと言わざるを得ません。
加えて、創業経営者の猪突猛進ぶりについてこれる幹部を探し求めることも非常に困難です。だとすれば、T社長が後になって気がついたように、自ら指揮を執り、たとえ皆に煙たがられようとも繰り返し、繰り返し、目的達成まで粘り強く進める以外に方法はないのです。
それにしても、いわゆるコンサルタントのなかには、実際の業務に関する知識が不足している人をよく見受けます。どんなにITが進歩しようが、それをどう活用するかを考えるのは人間です。泥臭い経験なくしてはITを業務に落とし込むことは難しいということを、もう一度確認すべきではないでしょうか。