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失敗に学ぶ中小企業の生きる道 第2回
『「任せる」は失敗の元社長は陣頭指揮せよ』
(2000年2月号)
情報化で失敗する中小企業に最も多く見られる原因は、経営者が掛け声だけで陣頭に立たず、社員やベンダー任せにしてしまうことです。ある下町の工場経営者B社長が、その典型でした。
「俺はさぁー、現場の連中全員にパソコンを持たせて、うちの工場をペーパーレスにするんだ!」―。知人の紹介でその工場を訪問したとき、B社長は開口一番、自分の夢をまくし立ててきました。私はいささか圧倒される思いで、「この熱の入れ方は尋常でない。経営者が率先して行動するタイプかもしれない」という強烈な印象を持ちました。
早速、B社長に話をいろいろ聞いてみると、要は「受発注から生産計画、在庫管理まで一貫した生産情報管理システムを構築したい」ということでした。これは大幅な業務革新を伴うかなり大きなプロジェクトです。ところが、B社長は掛け声だけは立派ですが、先頭に立って業務革新を進める決意もなく、社員を巻き込む努力も欠けていたのです。
「皆に遅れたくない」が本音
これは後でわかったことですが、「経営者仲間の工場では次々にコンピュータを入れ始めているし、皆から遅れをとりたくない。とにかく早くコンピュータを入れたい」というのがB社長の“情報化熱”の正体でした。しかし、当初は私にもそこまで見抜くことはできませんでした。
B社長の工場ではすでに金型生産に使うNC旋盤などを導入しており、従業員にもプログラムについての認識はありました。とはいえ、今までの手書き伝票やメモをコンピュータに置き換えることにはだいぶ違和感があったようで、早くも「今まで通り事務所で書けばいいじゃないか」という従業員たちの本音が見え隠れしていました。
しかし、B社長はそんな空気を気にすることもなく、従業員が何と言おうと耳を貸しません。とにかくシステム化を急がすのですが、経営者として描く自社の将来像や課題は何か、どの業務をシステム化すべきで、そのために何を変革しなければならないかなどは念頭にないのです。
そんなB社長ですから、システム設計段階に入ってからは、会議にもほとんど姿を現さなくなってしまいました。社長の代わりにプロジェクトをまとめあげる人材がいれば話は別ですが、従業員30人ほどの中小企業ではそれも望めません。工場長は「今のやり方が一番簡単」「こんな事やっても、うちじゃ動かせねぇよ」などと言い出す始末です。
これではひとまずプロジェクトは休止したほうが良いと考え、B社長には社内の意識と体制をまとめてほしいと注文を付け、その連絡待ちということにしたのです。2カ月ほど経ちましたでしょうか。元気のいい声で「やっぱり生産管理システムを入れることにしたから仕事に入ってくれ」という電話をもらいました。ただし、「あんたは専門家なんだから、全部任せる」という姿勢は変わりませんでした。
陣頭指揮を執ると思っていた経営者は「すべて任せる」。工場長は「他人事」。これではスタートから「動かない情報システム」を絵に描いたような状況に置かれたようなものです。
受注先の都合に振り回される
しかも、下請けの中小企業ならではの困難も抱えていたのです。
B社長の工場は主に銅や樹脂を原料にしたシールドパッキンの外注加工を請け負う典型的な町工場でした。多品種少量生産で、しかも大半の注文は親企業から電話かファクシミリで場当たり的に入ってきます。1回限りのスポット受注も多く、口頭や、受注先から送られた図面にメモで納期や数量を書きこむといった形で処理してしまうことも珍しくありません。
マスター登録を進めている間に、早くもその弊害が現れました。製品コードは数字10ケタで決定したはずが、なんと15ケタの帳票が数枚混ざっているではありませんか。おまけに文字が入っているものまであったのです。B社長に問い合わせると、「それは先週、X社から新規受注したものだから仕方がない」と、あっけらかんとした答えが返ってきました。これによって、システムを一から作り直すはめになったわけです。
現場の従業員のなかに情報化の意義を理解し、積極的に取り組もうという意識が薄いことも問題でした。案の定、試験稼働の段階から次々に問題が噴出しました。それらを1つひとつ解決していく作業を工場長などに協力してもらいましたが、「一銭にもならない事をやらせるのか」という無言の圧力を感じました。せめてB社長に陣頭指揮してほしいと何度も頼みましたが、聞き入れてもらえません。
結局、B社長が描いた生産管理システムは本番稼働後も十分に効果を発揮せず、当初の目標とは程遠いものになったのです。
このケースは様々な教訓を含んでいます。まず、情報化を進めるには強力なトップダウン以外ないということです。経営者には自社の経営戦略においてなぜ情報化が必要なのかを明確にし、それを社内に周知徹底させ、率先して業務のあり方を改革するリーダーシップがなければなりません。中小企業においては、経営トップは「プレーイングマネジャー」になる必要があるのです。
開発言語を何にするか、データベースは何を使うかなどとということは知らなくても構いません。トップが陣頭指揮を執れば、社員も必ず行動を起こします。
中小企業の自立は、情報化への取り組みなしには考えられません。しかも与えられた時間はそれほど多くはないのです。この1〜2年の間に可能な限りの経営資源を情報化に集中させなければならない状況に置かれていることを再認識すべきでしょう。
親企業の一歩先を行け
一方、私としても大きな反省が残りました。業務を変革することの重要性を説得できずに始めた調査や分析の不徹底、特に親企業から下請け工場へのしわ寄せに対する実態認識の甘さが、システムの「融通性」を削いでしまいました。中小企業の情報システムには、親企業のわがままを吸収できる柔軟性が不可欠です。
しかし、どこまで妥協すべきかは非常に難しい課題です。多くの場合、親企業の発注システムは自社の都合を優先したものであり、外注先である中小企業にとって不利になるシステムだからです。本来、外部とリンクするには利害共通が原則であり、親企業が一方的に構築するべきではありませんが、間接工数削減というリストラのツケを下請けに肩代わりさせる仕掛けが目につきます。これを払拭するためにも、中小企業側が堂々とモノを言えるだけの実力、つまり親企業より一歩先を行き、親企業を巻き込んでいけるだけの優れた情報システムを持たなくてはならないのです。